大判例

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大阪高等裁判所 昭和46年(う)1051号 判決

本籍

愛知県渥美郡渥美町大字江比間字五字郷中八八番地

住居

大阪市旭区中宮町四丁目七五番地

無職(元大倉建設株式会社代表取締役)

川合三吉

昭和八年七月二六日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和四六年七月一二日大阪地方裁判所が言渡した判決に対し、検察官から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 武並正也 出席

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役一〇月に処する。

ただし、本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、大阪地方検察庁検察官吉永透作成、大阪高等検察庁検察官斉藤周逸提出の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人大塚忠重作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

検察官の論旨は、本件逋脱税額が多く、犯行手段も周到、巧妙であるのに、原判決が被告人を罰金刑に処したのは他の同種事件との刑の均衡を失して量刑を著しく軽きに失する、というのである。

よって所論にかんがみ、かつ、答弁の趣旨をも参酌して記録を調査して案ずるのに、本件は、被告人が原審相被告人大倉建設株式会社の代表取締役として、同会社の業務に関し、昭和四二年一月一日から同四三年一二月三一日までの二事業年度にわたつて八億七九九六万八四〇五円の所得があるのに、これを四億五九六一万七九四二円として所得を四億二〇三五万〇四六三円秘匿し、実際の所得に対する法人税合計一億四七一〇万三八〇〇円を逋脱した事案であり、その脱税額は巨額にのぼるうえ、脱税の手段方法も収入の一部を除外しまたは翌期に繰り延べたり、傘下の業者と通謀して架空の外註費を計上する等悪質、巧妙というほかなく、同会社が被告人の個人会社的存在で、本件脱税ももつぱら被告人の発意工夫に出たものであること等記録上明らかな事情に照らすと、被告人の刑責はまことに重大であるといわざるをえない。さらに、記録によってうかがわれる本件までにおける被告人の納税実績に照らし被告人の納税意識はきわめて低いものといわざるをえない。そして、これらの事情に徹すると、被告人に対しては当然懲役刑をもつて臨むべく、罰金刑の言渡をした原判決は科刑軽きに失するものといわざるをえない。被告人が今後とも同会社に対し実際上の支配力を行使し、そのため「取締役と同等以上の支配力を有するもの」と認められ、懲役刑に処せられることにより、同会社に対する宅地建物取引業の免許が取消されるとしても、本件事業に徴し、それもまたやむをえぬところであり、そのことの故をもつて罰金刑を相当であるとした原判決の見解には到底賛成しえない。さらに、逋脱税額を全額支払ずみであること、被告人が心臓合併症の幼児の手術費を匿名で寄付したり、精薄児施設建設のための用地を寄贈したり、母校の小学校に一〇〇万円寄付したりして社会的善行を行つている等記録および当審での事実取調の結果により明らかな有利な事情をあわせ考慮しても、従来の同種事案との刑の均衡をいちじるしく破り罰金刑を科するを相当とする事案とは考えられない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書によりさらに次のとおり判決する。

原判決認定の事実に法律を適用すると、被告人の原判示各所為はそれぞれ法人税法一五九条一項に該当するところ、所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い原判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河村澄夫 裁判官 瀧川春雄 裁判官 岡次郎)

右は謄本である。

同日同庁

裁判所書記官 奥村清一

右は謄本である。

昭和四七年六月七日

大阪高等検察庁

検察事務官 藤本好弘

大倉建設(株)

控訴趣意書

法人税法違反 川合三吉

右被告人に対する頭書被告事件につき、昭和四六年七月一二日大阪地方裁判所が言い渡した判決に対し、検察官から申し立てた控訴の理由は、左記のとおりである。

昭和四六年一一月二日

大阪地方検察庁

検察官検事 吉永透

大阪高等裁判所 殿

原判決は、

被告人は、大阪市北区南森町二七番地の一に本店を置き、宅地造成および不動産売買等を業とする大倉建設株式会社の代表取締役としてその業務全般を統括していたものであるが、右会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、

第一、同会社の昭和四二年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度において、その所得金額が三五七、六六五、六三三円、これに対する法人税額が一二三、一〇七、四〇〇円であるにもかかわらず、公表経理上架空の土地造成工事原価を計上し、土地売上げの一部を翌事業年度に繰り延べするなどの不正な方法により、右所得金額中二六四、六一六、五三〇円を秘匿したうえ、昭和四三年二月二九日大阪市天王寺区天王寺税務署において、同署長に対し、右事業年度の所得金額が九三、〇四九、一〇三円、これに対する法人税額が三〇、五〇六、一〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、よつて同年度分の法人税九二、六〇一、三〇〇円を免れ、

第二、同会社の昭和四三年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度において、その所得金額が五二二、三〇二、七七二円、これに対する法人税額が一七七、二〇六、〇〇〇円であるにもかかわらず、前同様の不正な方法により、右所得金額中一五五、七三三、九三三円を秘匿したうえ、昭和四四年二月二八日前記天王寺税務署において、同署長に対し、右事業年度の所得金額が三六六、五六八、八三九円、これに対する法人税額が一二二、七〇三、五〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、よつて同年度分の法人税五四、五〇二、五〇〇円を免れ

たものである。

との公訴事実と同旨の事実を認定しながら、検察官の懲役一年六月の求刑に対し、被告人を罰金五〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは金二万円を一日に換算した期間労役場に留置する旨言い渡したが、右は、本件事案の罪質、諸般の情状に照らし、被告人を罰金刑に処した点で、量刑著しく軽きに失し、不当であるからとうてい破棄を免れないものと思料する。

以下、その理由を開陳する。

一、本件は、大倉建設株式会社の二事業年度にわたる合計一四七、一〇三、八〇〇円にのぼる多額の法人税逋脱事件であつて、被告人は、同会社の最高責任者として、右違反行為をしたものであるから、その責任はまことに重大である。

すなわち、本件は、原判決の認定するとおり、昭和四二年一月一日より同四三年一二月三一日までの二事業年度にわたつて、合計四二〇、三五〇、四六三円にのぼる所得を秘匿し、これに対する法人税合計一四七、一〇三、八〇〇円を逋脱した事案であつて、逋脱税額においては、これまで大阪地方裁判所で判決のあつた法人税法違反事件のなかでは、最高に近く、全国的にみても例が少ないほどの多額の逋脱事件である。

しかして、被告人は、右会社の代表取締役として、建設、経理等の重要部門を自己の直轄とし、名実ともに、同会社の業務全般を統括していたところから(記録一三二丁裏ないし一三三丁表、一七六丁裏、二三二丁裏ないし二三三丁表、二、〇八八丁表裏、二、一九二丁裏ないし二、一九三丁表)、将来の不況時に備え、あるいは、用地買収資金を別途蓄積しておくため、所得の秘匿を企図し、同会社建設部長落越光也および経理課長庭野亮一らと協議のうえ、期中において同人らに、大体の金額を示して公表帳簿に架空の外注費(土地造成工事原価)、給料を計上させるとともに、工事収入・受取手数料の一部を公表帳簿に記帳させないで除外し、(記録一七七丁表ないし一七九丁表、二三三丁裏、二四八丁表、二、二〇六丁裏ないし二、二〇七丁裏、二、二一〇丁表裏、一八二丁裏、二四六丁裏、二、二〇四丁裏、二、二〇五丁裏)、更に、各決算時には、右庭野に仮決算をさせてその結果を報告させたうえ、同人に対し、昭和四二年一二月期については、所得額を一億円以内に、同四三年一二月期については、これが約三億五、〇〇〇万円になるように、公表利益を調節消減するよう指示し、その方法として、架空の外注費(土地造成工事原価)を追加計上させ、あるいは、売上の一部を翌期に繰り延べさせるなどして(記録二三五丁表ないし二三八丁表、二、一九九丁表ないし二、二〇〇丁裏)、本件各不正行為を積極的に遂行したものであつて、本件の最高責任者として重い刑責を負うべきものであることは論をまたないところである。

加うるに、被告人は、本件以前においても、自ら代表取締役となつて併せて経営していた姉妹会社である大倉住宅株式会社の昭和四一年度の法人税申告に当たつて、売上除外等の不正な方法により約一億円の所得を秘匿していたため、同四二年五月ごろ、所轄税務署の調査の際これを発見されて、更正決定・青色申告取消しの処分を受けているにもかかわらず(記録二、〇八〇丁裏、二、〇八一丁裏、二、一九五丁裏)、なんら改悛の情を示さないで、本件犯行に及んでいるのであつて、本件は計画的犯行であり、被告人の刑事責任はいつそう重大である。

二、本件犯行の手段は、関係会社と打合わせ虚儀の証憑書類を整えるなど周到かつ巧妙な方法をとつていて、悪質であり、犯情は更に重いものがある。

すなわち、本件不正行為のおもな手段の一つである架空外注費(土地造成工事原価)の計上(昭和四二年度合計二四五、八一七、〇〇〇円、昭和四三年度合計四五、三三六、〇〇〇円)に当たつては、被告人が前記落越らに指示して、大倉建設株式会社の下請先である桑原建設株式会社ほか三業者との間に架空の工事請負契約書を作成させ、工事代金の請求書を徴して、代金相当額をいつたん支払い相互にその旨公表帳簿に記帳させたうえ、後日右金員の払戻を受けてこれを簿外とし、右業者らには、その公表帳簿上他への外注費の支払等として計上させる方法をとり(記録一七七丁裏ないし一八一丁裏、二〇五丁裏ないし二〇六丁裏、二四一丁裏ないし二四四丁表、三三六丁表裏、三四二丁裏ないし三四三丁裏、三五五丁表ないし三六三丁表、三六六丁表ないし三六八丁裏、三七一丁裏ないし三七三丁裏、三七九丁裏ないし三八一丁表、三八二丁裏ないし三九一丁表、二、二〇六丁表ないし二、二〇八丁裏)、また、工事収入の一部除外(昭和四二年度合計二五、〇〇〇、〇〇〇円、昭和四三年度合計三三、〇〇〇、〇〇〇円)に当つては、大倉建設株式会社が大京開発株式会社から請負い施行した分譲地造成工事の収入金を除外する目的で、前記桑原建設株式会社が該工事を右大京開発株式会社から請負い施工したかののように仮装して、右両会社に架空の工事請負契約書の作成、代金の支払、公表帳簿の記帳をなさしめ、後日、右桑原建設株式会社より右工事代金相当額の交付を受けてこれを簿外とし、右桑原建設株式会社において、これを公表帳簿上他への外注費の支払い等として計上記帳させる方法をとる(記録一八一丁裏ないし一八二丁裏、二四五丁裏ないし二四六丁表、三一七丁表ないし三二〇丁表、三五五丁裏ないし三五六丁表、二、二〇二丁裏ないし二、二〇四丁裏)などの周到にしてかつ功妙な手段を講じており、犯行の手口はきわめて悪質である。

三、原判決が説示する罰金刑選択の理由は、いずれも首肯しがたく、本件は懲役刑をもつて処断すべき案件である。

原判決は、罰金刑選択の理由として、まず、被告人は、本件発覚後、役員を辞任してはいるが大株主であつて同会社に対し取締役と同等以上の支配力を有する者と認められる以上、宅地建物取引業法上被告人が禁錮以上の刑に処せられると、同会社の宅地建物取引業の免許が取消されることになることを挙げている。しかし、被告人個人の持株は総株数の一九パーセントに過ぎず(記録一二八丁表)、判示の如く取締役と同等以上の支配力を有する大株主と認められるかどうかについては疑いが存するのみならず、宅地建物取引業法の右関係条文の立法趣旨は、本件のような大規模で悪質な犯罪を犯しその刑事責任の重い役員が支配力をもつ法人の宅地建物取引業の免許を取消すことにより、宅地建物取引業務の適正な運営を図り取引の公正を確保することにあるのであるから(宅地建物取引業法第一条参照)、裁判において、右立法趣旨を尊重せず、もつぱら、会社や被告人の利益のみを考慮して同法の適用を受けないように、量刑上特別の配慮をすることは本末を顛倒した論というべくとうてい是認しがたいところである。次に、すでに本件逋脱にかかる税金を全額納付済みであるという点を挙げているが、これは法律上当然の処分を受け、これに従つて履行すべき義務を果たしたものにすぎないのみならず、この種事犯の多くは本件同様事件摘発後修正申告を行ない逋脱にかかる税金を完納するのが例であるから、このことをもつて本件に特有の有利な情状とすることはできない。

また、動機・家族関係・改悛の情等の情状の点についても、他の同種事件の被告人の多くにみられる一般的な情状にすぎないのであつて、本件についてのみ特段に配慮されなければならない情状とはとうてい考えられない。もつとも被告人に心臓合併症の幼児の手術費を寄付し、あるいは、精薄児施設建設のための用地を寄贈するなどの社会的善行があつたことは認められるが、これらは、本件の動機・秘匿所得の使途等と直接関係はなく、前記のような本件の罪質になんら影響を及ぼすものではないのであつて、懲役刑の執行を猶予する理由の一つにはなり得ても、本来懲役刑に処すべき者を罰金刑に迄軽減する理由には該らないものというべきである。

以上原判決の説示する理由をもつてしては、本件がわずか二事業年度間の巨額の脱税事件であること、行為者としての被告人の責任が重大であることなどからみて、罰金刑をもつて処断するのが相当であるとはいい得ず、他に特に酌量すべき事由のない本件にあつては、当然のことながら、被告人に対し、懲役刑をもつて臨むのが相当である。

四、被告人を罰金刑に処した原判決は、他の同種事件の刑との均衡を失し不当である。

最近の大阪地方裁判所における法人税法違反事件の判決結果をみると、昭和四二年以降同四六年六月までに言い渡された法人税法違反事件は三〇件であるが、そのうち行為者を罰金刑に処した判決は、わずかに五件に過ぎず、これらはいずれも脱税額が一、五〇〇万円前後の比較的軽微な事件であり、右五件以外の二五件も脱税額が本件と比較にならないほど低いものがほとんどであるにもかかわらず、いずれも、行為者を懲役刑に処している実状である(この点は控訴審において立証する)。

したがつて、過去において、行為者が懲役刑に処せられた多くの同種事件よりも、はるかに多額で大規模な脱税事犯を敢行した本件被告人に対し、前記のとおり酌量すべき特段の事由もないのに懲役刑をもつて臨まず、罰金刑にとどめることは、罰金額の多寡を論ずるまでもなく、右の多くの同種事件との刑との均衡を著しく失し、その不当であることはきわめて明白である。

以上述べたところにより明らかなように、被告人に対し、罰金刑を選択した原判決は、量刑著しく軽きに失し不当であるから、原判決を破棄のうえ、適正な裁判を求めるため、本件控訴に及んだ次第である。

昭和四六年一一月二日

大阪地方検察庁

検察事務官 尾崎実彦

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